発達障害が診断された後の私の学生生活

発達障害が診断された後の私の学生生活
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こんにちは。

 

前回の以下の記事では、私が鉄板焼屋のバイトと、コンビニのバイト、大学の授業、サークル活動をし、ぶっ倒れて、精神科に行き、「発達障害・てんかん・神経症」が診断されたところまでいきました。

発達障害者のアルバイト経験③

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バイトや就職してから、発達障害が見つかるというケースは多いですよね?集団行動や人間関係が築けず、コミュニケーションもうまくいかず、いじめられたりするという事も。

 

すこし、話は遡りますが、私も小学生・中学生の時にそのような傾向はありました。運動会や体育祭が苦手で、毎年その時期になると憂鬱でした。

 

お分かりかと思いますが、運動会や体育祭では大勢の人の中で彼らと同じような行動をとらなければなりません。

聴覚過敏をもっている方には地獄そのもので、応援の声等もあるのです。

さらに、運動が苦手な場合は、運動会・体育祭の後には、「お前のせいで負けた」といじめられます。

それが、私の場合、毎年続きます。

 

中学生の時は殆ど、よい思い出はありません。集団行動の塊です。

ちなみに、小学生4年生の時は、無意識に自分の髪の毛を抜いていました。

「抜毛症」というらしいです。

 

で、本題に入ります。序文では、この後に語る話に関連があります。勘の良い方はお気づきかもしれませんが、私は大学でもイジメに合う事になります。

 

 

では本題に。

発達障害が診断された後の学生生活

アルバイトはどうしたか?

 

結局、バイト(コンビニ、鉄板焼屋)は辞めました。口頭で「辞めます」と伝えました。

正直、悔しかったし、辛かった。お世話になって、迷惑をかけたのに、精神病で辞めるという事について。

だから、バイト先の人には、発達障害が診断された・てんかん・神経症を診断されたとは言いませんでした。

バイトで体調を崩したとは思われたくなかったのです。

 

でも、問題はその後の生活。就職活動で必要な交通費、昼食代を稼ぐために再びバイトをすることになります。

週2位で家から近いところで。

「二度手間じゃん。」と思うかもしれません。

しかし、今までの生活を思い出してみると、深夜バイトが多かったのです。特に、てんかんは、睡眠時間の確保が重要です。睡眠時間がとれていないと発作があるし、大学の授業にも、支障が出ます。

 

私がやったバイトは家から徒歩3分の和食レストラン。

での洗い場のバイト。実は、後からわかりましたが、ブラック企業でした。

これは苦しめられた。

週2でバイトをしたいと言い、始めたものの、週3位になってました。

あんまりかわらない。。いや、結構変わりますよ?

 

ブラックな社員さんが2名位いた。

失敗をすると、怒鳴られ、「殴ってやろうか!?」と言われてた。

年末年始の時がやってきました。

そうです。おせち料理等の販売の繁忙期です。

社員さんはバイトさんやパートのおばちゃん全員に、おせちの販売のチラシを配られ、家族に渡してこい。と言ってきました。

 

それに、社員さんに、「年末年始は祖母の家に行くから、シフトに入れない」と言うと、社員さんからは、「学生は年末年始にシフト入れるのが特権なんだよ!」と言ってきました。

 

限界だったのが、さらに限界で、「親に相談すると、父親がそのバイト先に電話をしてくれました。」この事は私は知らなかったのですが、後から、ブラック社員と仲が良かった社員さんに、次のように言われました。

 

「・・・ムカついたから辞めるなら、まだ分かるけどさぁ、キツかったから辞めるって何?」と。

 

という、ブラックバイト経験です。

まとめとして、バイト2つを辞めて、学生生活に専念しようとし、1つの昼~夕方のバイトにした後に精神的に参ってしまったという事です。

 

学生生活は?※授業について

授業について、私は、大学1年生の時から、好きな科目や興味のある科目しか受けなかったわけです。(心理学、哲学、福祉関係、経営学等)

ですので、必修科目ばかり残っていました。。

ちなみにこの時は、大学3年の終わり。・・人生の終わりかと思いました。冗談ではありません。

 

ここで、就職活動、大学の授業、サークル活動に打ち込みます。

 

就職活動について

まず、障害者手帳を取得し、無謀ですが、一般枠と障害者枠の両方を受けました。

この時、(今から10年位前)は、発達障害は世間にまったく認知されていませんでした。

ですので、障害者の就職フォーラムに参加しても、「発達障害って何?」、「営業はどう?」とか言われます。

見た目、「障害が無い人」に見えますからね。

結果を申し上げますと、一般枠・障害者枠で合計70社受けましたが、一度も面接に進む事ができませんでした。

最終的に、私は就職する事ができますが、就職の事については次回の記事に詳しく説明いたします。

 

大学の授業について

大学の授業では、上記のとおり、必修科目ばかり残っていたので、必修科目の授業には参加して、他の授業は参加せずに友人にレジュメやノートを見せてもらって勉強して、テストをうけていました。

それでも、時間と単位が足りず、先生にお願いをして、課題をもらってレポートを書いて提出して、単位をもらっていました。

大学はギリギリ卒業できました。

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サークル活動について

実は、私はサークル活動は2つ程、参加していました。しかし、1つは、幽霊部員状態だったかな??

なぜ、2つ入っていたのかというと、色々な人とかかわって、成長したかったという理由にほかなりません。

しかし、結果的に、一つは幽霊部員となってしまいました。

そのサークルで仲の良かった先輩に、自分の悩みを初めて、打ち明けます。

その先輩に話すのが、大学では初めてかもしれません。

 

大学でのイジメ・噂

大学のサークルで仲が良かった先輩に自分の悩み(発達障害と診断された事など)を話し、発達障害ってわかりますか?と質問しました。

その先輩は教職課程を受けていたはずと思っていましたので、、質問しました。

結果的に、その話をサークル内でばらされる事になります。

数日後、「アイツ、障害者らしいよ」という話が、あちらこちらで聞こえました。

当時、たまに話していた、同学年の女性(私の片思い中だった)の方にも避けられました。

あぁ、この程度の器だったんだな。。と感じました。

大学を卒業して・・・

大学生活は悪い事ばかりだったと思われるかもしれませんが、良い事もいっぱいありました。

色々なバイトを経験したり、様々な人と出会えたりと。

ここでは、書いていませんが、ねずみ講の誘いや、オカルトサークルの勧誘に合い、入りかけた事も実はあります。

当時は嫌な経験や辛い事もありましたが、今では良い思い出で経験です。

そう捉えないと、この先、やっていけません。

以上です。

 

 

次は、大学卒業後、どうやって就職したかについて語っていきます。

※就職した会社の名前は伏せます。就職したという事だけにさせて下さい。

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